「化学教育ジャーナル (CEJ)」第7巻第1号(通巻12号)発行2003年 9月20日/採録番号7-7/受理2003年 8月 8日 URL = http://www.juen.ac.jp/scien/cssj/cejrnl.html


このページのPDF File

分子断面積の算出法 −フリーウェアによる−


東京都立大学工学研究科応用化学専攻 立花 宏

はじめに

 本学では、学生実験でメチレンブルーのガラスビーズへの吸着実験によって分子占有面積の測定を行っている。また、表面張力の測定実験では、ドデシル硫酸ナトリウム水溶液の表面過剰濃度(分子の占有面積の逆数に対応)を求めている。これらの実験に伴い、学生各自が分子断面積を分子模型から算出して両者を比較検討すれば、より理解を深めると考えられるので、情報系の授業で試みてみた。
 分子の断面積(投影面積)を求める場合に、以前は、方眼紙に分子を描いてマス目の数を数えたり、分子の形に切り取った紙の重さを測るなどの方法をとっていた。近年、パソコンの普及とコンピュータグラフィックスの進歩によって分子構造の最適化や3次元表示は、容易に行えるようになってきている1)。 しかし、通常の分子構造作成ソフトでは、スペースフィルモデル表示が、ファンデルワールス(vdW)半径でない場合が多い。また、3次元表示している状態の分子断面積を算出する機能は通常付いておらず、研究者等にとっても気軽に使える分子断面積算出ソフトはない。そこで、無料ソフトのみを用い、簡便に分子のvdW半径を用いた断面積を算出する方法を提案する。

原理

構造最適化されたvdW半径表示の3次元分子模型を用意する。
炭素原子などvdW半径が既知の原子を測定したい分子と同一画面上に表示し、検量線とする。
画像処理ソフトで検量線となる原子の"円"を構成しているドット数を計測する。その原子のvdW半径と円の面積から、画面の1ドット当たりの面積を求める。次に、断面積を測定したい分子のドット数を計測して、分子断面積とする。

使用ソフト

下記の3つのソフトを用いた。

1.
ChemSketch (Freeware5.0)(Win版)
http://www.acdlabs.com/
米国Advanced Chemistry Development社製
フリーウェアでありながら優れた2次元構造式の作成機能を持ち、構造式からの命名も行える。2次元モデルを作成中にそのまま構造を3次元化できる。構造最適化は、蛋白質のシミュレーションなどに用いられているMDプログラムCHARMMのパラメータを用いたMM計算によっているが、精度よりも収束性を重視した計算となっている。
機能の詳細については、HP上にある英文マニュアルまたは日本語マニュアル、文献2)を参照下さい。

2.
ImageJ (Image Processing and Analysis in Java )  (Win/Mac版)
http://rsb.info.nih.gov/ij/
The National Institutes of Health(米国国立保健研究所)
Macintosh版では、NIH-Imageとして知られた画像処理ソフトのJava版として作られたもの。粒子などの数や大きさを計測する機能等もある。

3.
ペイント(Windows付属のペイントソフト)

方法

ChemSketchを用いてメチレンブルーを描く。ここでの例は還元型としているが、吸着状態に対応する酸化型でも手順は同様である。






結果を下記のような表にまとめるようにすると、わかりやすい。


得られた断面積と実測値を比較すると、実測値の方が大きめのことが多い。これは、本方法で算出した断面積が分子の輪郭内の面積であり、実際に分子が並んだときにできる隙間を考慮していないからである。全原子についてvdW半径を仮定していることの問題点(π電子がある場合など)もある。また、奥行き方向に凸凹のある分子の場合には、奥行き方向に互い違いに並ぶことによって実測値の方が小さくなる場合もある。従って、投影面積は、分子の断面積を考える場合の基準として用いるべき値であると言える。
ここまでの作業は、ChemSketchの操作法の学習(別コマ)を除き、1コマ90分の授業時間内において、学生全員が余裕を持って完了できる量であった。

以上の手順によって、任意の分子の断面積を求めることができる。この例では、画面上の画素数が比較的少ないため、100ドット×100ドットが10,000ドットであることを考えると、精度としてはそれ程高いものではないが、大きな画像を用いることである程度精度を上げることは可能である。
さらに、遷移金属など、ChemSketchでは構造最適化が不可能な元素に関しては、Gaussianなど他の量子化学計算プログラム利用し、その計算結果の座標をMDL MOL形式に変換することで、同様の手順によって断面積を算出することができる。
奥行き方向に凸凹のある分子の特定部分の断面積や、断面積の最大値を算出したい場合にも応用ができる。分子断面を表示する"Slabモード"のある表示ソフト(RasMol, Chime等)を用いて、分子の適当な部位での断面部分の画像を作成する。この画像から、断面部分のみを画像処理によって抽出することにより同様の手順で面積を測定することが可能となる。この断面積は、気液界面や固体表面などで分子の凸凹がかみ合うよう密着して集合している場合の断面積の指針となりえるので、このような用途への応用も考えられる。
以上のように本方法は、無料ソフトのみを用いているので教育現場でも導入しやすく、短時間かつ簡便な手順で任意の方向の分子断面積を算出できるので、実用的に意義深いと考える。研究者にとっても、分子集合体などで規則配向した分子の形状を考える上での規準としていろいろな断面積を気軽に測定することができるので役立つ道具となるであろう。


1)立花宏、化学教育ジャーナル(CEJ),Vol.1, No.2 (1998) http://chem.sci.utsunomiya-u.ac.jp/v2n1/
2)立花宏:化学実験虎の巻「フリーウェアによる化学構造式と3D分子模型の作成」: 化学と教育,51巻,掲載予定(2003)

CEJ, v7n1目次へ